広報誌「奏」Magazine SOU

大阪国際室内楽コンクール

対談 堤剛(チェリスト)× 望月 京(作曲家)

インタビュー        山田治生(音楽評論家)

日本室内楽振興財団広報誌「奏」55号(2021年7月発行)巻頭対談より抜粋
この対談は2021年2月に実施したものです。

堤剛コンクール審査委員長(左)、望月京さん(右)

作曲家・望月京さんと、チェリストで大阪国際室内楽コンクール審査委員長の堤剛さんとの対談。望月さんは、第10回大阪国際室内楽コンクール&フェスタの第1部門(弦楽四重奏曲)の課題曲として「ボイズ・アゲイン(Boids Again)」という新作を作曲したばかり。新作の意図は?作曲家の望む演奏とは? 

—まず、大阪国際室内楽コンクール&フェスタから望月京さんへの課題曲委嘱の経緯を教えてください。

堤            室内楽には、音楽作りの根本を学び、作品の構造を知ることができるという特性があり、それゆえに、岩淵龍太郎先生がこのコンクールを始めることで、室内楽を日本に根付かせようとされたのだと思います。弦楽四重奏にはまだまだ演奏の可能性があり、その道を切り拓いていくことによって、新しい歴史が開けていくと思いますので、10回目のコンクールを記念して、望月京さんに新作をお願いすることにしました。

—望月さんにとって弦楽四重奏曲とは?

望月        過去の偉大な遺産の数々やその来歴を踏まえ、その上に今、自分が改めて何を言えるのかと考えると、なかなか気軽には手を出せないジャンルです。最初の弦楽四重奏曲の作曲も30代半ばと遅いほうでしたが、2曲目はさらにその12年後となりました。

            弦楽四重奏の素晴らしさは、自分を持ちながら、他者を意識することに違いありません。ヨーロッパ的な、個人を大事にしながら全体で作り上げるという伝統があるように思います。

—新作の委嘱を受けて、どうしようと考えられましたか?

望月        私が最近ずっと興味を持ち、作品の発想源としているのは脳の働きです。2017年から断続的に、脳の機能を反映した弦楽四重奏曲シリーズの『ブレインズ』を書いていますが、今回の作品はその3曲目にあたります。

数年前、東京大学の池谷裕二先生と対談する機会があり、その際に「人の脳にはリズムに反応する回路が生まれつきあるから、音楽と人間とは不可分である。言語は音楽から生まれたという説もある」というお話を伺いました。そこで、音楽から生まれた言語によって考察された脳の働きを、音楽化してみたらどうだろう?と考えたのが『ブレインズ・シリーズ』作曲のきっかけです。脳の機能同様、外部の刺激もとりこんでの自発性が演奏の肝となるので、コンクール向きではないかとも考えました。

—コンクールにおける新作の役割についてどうお考えですか?

            パリでロストロポーヴィチ国際チェロ・コンクールの審査員をしたことがありますが、第2次予選では必ず旬の作曲家の新曲がありました。あるとき、サーリアホさんのとても難しい曲があり、審査員の一人が「こんなに難しい曲どうなんでしょうね」と意見していましたが、ロストロポーヴィチ先生は「チェリストへの新しい課題によってチェロのレパートリーの広がりになるので大事なのだ」とおっしゃっていました。新作に新しい可能性を求めるのは重要なことです。

—新作「ボイズ・アゲイン」についてお話ししてください。

望月        『ブレインズ・シリーズ』は現在のところ4曲、計25分ほどが完成しています。1曲目の≪ブレインズ≫は脳の「模倣、共感、自己認識」などの機能を発想源とした10分ほどの曲、2曲目の≪ボイズ≫は魚の群れの動きの仕組みを援用し、クロノス・クァルテットの『50フォー・ザ・フューチャー』のプロジェクトのために書きました。≪ボイズ・アゲイン≫はその続きで鳥の群れの動きのしくみを援用、4曲目の≪イン=サイド≫は、ヨーロピアン・コンサート・ホール・オーガニゼーション若い演奏家を応援するプロジェクトのために作曲。偶然ですが、若手演奏家たちに向けた曲集のようになっています。

『ボイズ(Boids)』とは、鳥もどきのことです。鳥や魚の群れ全体の動きは複雑ながら美しく整然としていますが、それはシンプルな原則に基づく規則性と自由さのバランスによってつくられており、室内楽の極意にも通じるのではないかと考えました。曲は群れの情景の表現ではなく、その仕組みを援用しています。鳥それぞれが群れの動きに合わせようと行動しているのではなく、規則に基づく自由な動きが結果として美しい群れを形成していることをヒントに、演奏者の方々にも各楽器の動きと四重奏全体の音響づくりを考えていただければと思います。

堤            望月さんの新作、技術的にもアンサンブル的にもたいへん難しそうですが、うまくいけば、望月さんの望むような、いろんな形で鳥が現れる、素晴らしい作品になるのでしょう。

—新作の演奏上のポイントを教えてください。

望月        この作品の場合、楽譜に書かれた通りに精確に弾くことが必ずしも重要ではありません。噛み合わない拍やリズムで描かれている部分も多く、楽譜全体を見れば、縦の線を合わせるような演奏が求められているのではないことはわかるかと思います。何が守るべきポイントで、どのような自由さが音楽を活性化させるのかを読み取っていただければと思います。

—堤さんはこれまでに数多くの新作を初演されましたが、どういうアプローチで取り組んでこられましたか?

            新作を演奏するとき、イマジネーションがすごく大事だと思います。私自身の新作へのアプローチでは、まず楽譜を読んでみて、指揮者の岩城宏之先生が『楽譜の風景』とおっしゃっていたのですが、その風景を見るんです。そうすると作品が全体として訴えてくるものが現れます。それから細かいことを考えます。例えば、望月さんの新作のチェロのすごく難しいパッセージでも、全体の効果としてのメッセージを受け取り、そのためにどういうことをするかを考える。技術とは、とんでもなく速く弾くことではなく、音楽をどう表すかなのです。

撮影                     平舘 平