ARDコンクール レポート
難関 ミュンヘンコンクールでまた日本人が活躍
河井拓(大阪国際室内楽コンクール&フェスタ 総合プロデューサー)
世界的に有名なミュンヘン国際音楽コンクール。近年は日本人の活躍が続くが、今年も日本の弦楽四重奏が好演を続け2位を受賞した。現地に飛んだ筆者がコンクールの様子をレポート。
クラシック音楽界のオリンピック!?世界が注目する音楽コンクール
盛夏を過ぎて秋の足音が聞こえてくるドイツ南部の文化都市ミュンヘン。翌月に開催されるオクトーバーフェスト(いまや日本でも人気の世界最大級のビール祭り)の準備に忙しい9月のこの街で、ミュンヘン国際音楽コンクールが開催された。実はこの正式名称はARD国際音楽コンクールと言って、ARDは9つの放送局から成るドイツ公共放送連盟のこと。各放送局はプロのオーケストラや合唱団などを運営し、ドイツの文化発信の一翼を担っている。
1952年に始まったコンクールは、毎回部門を変えながら毎年4部門程を開催している。その種類たるやオーケストラで使用される主な楽器、各種室内楽など、これまでに開催されたのは28部門とコンクールの百貨店のような様相だ(流石に当初あった「初見演奏」などは行っておらず、現在は約20部門)。ドイツ人音楽家が「入賞はオリンピックメダルに値する」と表現するように、世界の最重要コンクールの一つとして名声が確立されており、近年では葵トリオ(2018年ピアノ三重奏)、佐藤晴真(2019年チェロ)、岡本誠司(2021年ヴァイオリン)と日本人の優勝が続いている。このコンクールで入賞すればヨーロッパでのコンサートツアーや各放送局オーケストラとの協奏曲のコンサートがあるが、オケ側としても優秀な演奏者(将来の楽団員?)を発見できる機会となる、とても合理的なシステムが成り立っているのである。
2022年はピアノ、フルート、トロンボーンに加えて弦楽四重奏の部門が開催された(コロナ禍で中止になった2020年の延期部門)。ARDコンクールは難関コンクールとしても知られ、演奏水準が満たなければ1位を出さない事でも有名だ。実際に弦楽四重奏部門は過去に14回開催されているが、そのうち1位は7団体しか受賞していない(輝かしい活躍を続けた東京Qが1970年に1位になった以降は、5回分25年間も1位無しが続いた!)。
今回は延期開催という事情もあり、北米最大の室内楽コンクール「バンフ国際弦楽四重奏コンクール」と開催期間が重なってしまったが、世界中から17団体がミュンヘンに集った。
他の国際室内楽コンクールは参加団体が10団体程度なので、ミュンヘンコンクールに参加できる団体は意外と多い。
日本からは3団体が参加。室内楽のレベル向上を実感。
今回の参加団体の大きな特徴として、アジア国籍のみの団体が7団体も参加していたことだろう(他の国々との混成団体も2団体)。しかもその内の3団体は日本からの参加だ。これまでの国際室内楽コンクールに比較して、アジア地域からの参加が顕著に多く感じる。2000年代以降、メジャーな国際室内楽コンクールでアジア人団体による入賞が見られるようになり、アジア地域でも室内楽指導に熱が入ってきた成果が表れていることが伺える。日本でも、解散した東京Qメンバーが音楽大学やサントリーホールなどで室内楽指導に力を入れ、その水準が国際コンクールに挑戦できるレベル達してきたということだろう。
審査委員には元東京Q、元アルテミスQ、カザルスQ、クスQなど室内楽の第一線で活躍する演奏家が並び、その中に大阪のコンクールで優勝したドーリックQ(ジョン・マイヤースコウ、チェロ)とベネヴィッツQ(イジー・ピンカス、ヴィオラ)のメンバーも入っているのは喜ばしい。
1次ラウンドはハイドンやベートーヴェン初期の古典作品と、いわゆる近代作品群の2曲が課題曲。最近は近代作品課題曲に、ラヴェルやドビュッシーが含まれることが増えてきた。結果的にコンサートなどでも演奏頻度の高い、この両曲を選択する団体が多かったように感じる。
このコンクールの進行は元からシンプルだったが、感染症が理由なのか「審査結果はウェブサイトで発表」と簡素なアナウンスを残し、関係者も会場を後にする。スマートフォンを片手に待っていた結果は、10団体が2次ラウンドに選出された。
2次ラウンドはロマン派と20世紀後半作品群の2曲を演奏。なぜか選曲がリゲティに集中し、客席が不思議な程リゲティの弦楽四重奏曲に詳しくなったように感じたラウンドを通過したのは7団体。
セミファイナルはモーツァルトのハイドンセット以降、ウェーベルン、そして委嘱作曲家ドブリンカ・タバコヴァの新作の3曲を演奏。きわめてハイレベルな演奏が続けられる中、ファイナルに進んだのはロンドンのバービカンQ、ウィーンのカオスQ、そして日本のインテグラQだった(筆者はここで、日本で開催するアタッカQ公演のために帰国)。
ベートーヴェン中期以降 又はシューベルト後期と、ベルトークの2曲という弦楽四重奏の王道を課題とするファイナルの演奏の結果、1位バービカンQ、2位インテグラQ(+聴衆賞)、3位カオスQという結果に終わった。
日本勢はクァルテット・インテグラが2位及び聴衆賞を受賞!
日本のインテグラQは僅かに1位には届かなかったが、彼らの極めて洗練された演奏を全てミュンヘンで披露出来たことは、極めて貴重な経験になったことだろう。インテグラは今年から米コルバーン・スクールの留学も始まっており、今後の活躍が大いに期待できる。
これから季節は移り変わり、寒い冬を越したら次は大阪国際室内楽コンクールが待っている。ミュンヘンで満足いく結果を残せなかった団体は、冬の間に更なる研鑽を重ね、是非とも大阪の地で熱演を披露してほしい。